在宅診療では在庫や管理の負担を減らすために院内調剤の薬剤を絞り込みたいが、患者の既往歴によって心・脳血管イベントの再発リスクが異なる。高齢者に対しては生活習慣改善に加えて薬物療法が有用とされる。以下では虚血性心疾患既往例、脳梗塞既往例、心・脳血管障害の既往がない患者の3つの場面に分け、治療目標とコスト面に配慮した薬剤選択を検討する。
· 高齢者でもスタチン療法によるLDL-C低下は心血管イベントを確実に減少させる。心血管疾患既往のある高齢患者を対象としたPROSPER試験では、プラバスタチン40 mgによりLDL-Cを34%低下させ、冠動脈死・非致死性心筋梗塞・致死/非致死性脳卒中の複合イベントを15%減少させた[1]。心血管死亡は24%減少した[2]。
· 高齢者も含めた大規模メタ解析(CTT協働研究)では、スタチン投与または強力なスタチン投与により、1 mmol/L(39 mg/dL)のLDL-C低下につき非致死性心筋梗塞・脳卒中・冠動脈死などの主要血管イベントが21%減少した[3]。既存の血管疾患がある患者ではリスク低減効果が大きかった[4]。
· 2018年AHA/ACC多学会ガイドラインは、既往のASCVDを有する75歳以上の患者に対して少なくとも中等強度スタチン療法を開始することを推奨し、より強力なスタチン(高強度)でさらなるLDL-C低下を目指すことが合理的とする[5]。
· 近年のガイドラインやエキスパートレビューでは、高リスク患者ではLDL‑C<70 mg/dLを最低目標とし、達成できるなら<55 mg/dLを推奨している[6]。
· 日本動脈硬化学会のガイドライン(2022年版)でも、冠動脈疾患既往患者は“高リスク”あるいは“超高リスク”に分類され、LDL‑C目標値を70 mg/dLまたはより低く設定している。
薬剤候補 |
特徴・根拠 |
推奨投与量(目安) |
コスト面 |
アトルバスタチン(ジェネリック) |
高強度スタチン。日本での保険適用は10–40 mg/日。メタ解析では高齢者でも高強度スタチンの方が中等強度より心血管イベントをさらに減少させることが示された[5]。 |
20 mg/日から開始し、LDL目標達成に応じて調整。 |
ジェネリックが普及しており、ロスバスタチンやピタバスタチンより単価が低い。 |
ロスバスタチン(ジェネリック) |
中〜高強度スタチン。HOPE‑3試験ではロスバスタチン10 mgがLDL‑Cを大幅に低下させ、心血管イベントを25%減少[7]。5 mgは中等強度に相当し、LDL低下効果はアトルバスタチン10 mg相当。 |
5–10 mg/日。腎機能により調整。 |
アトルバスタチンよりやや高価だが、近年ジェネリックが登場。 |
プラバスタチン |
PROSPER試験で高齢者における二次予防効果を示した[2]。薬物相互作用が少なく安全域が広い。 |
10–20 mg/日。 |
古くからあるため安価。LDL低下効果は弱く、高リスク患者では単独では目標達成困難。 |
エゼチミブ併用 |
スタチン単剤でLDL‑Cが目標に達しない場合、安価で1日10 mgのエゼチミブを追加することで15–20%程度LDL‑Cを追加低下できる。 |
10 mg/日をスタチンに追加。 |
ジェネリックがあり比較的安価。 |
推奨:冠動脈疾患既往患者には少なくとも中等強度スタチンでLDL‑C<70 mg/dLを目指すべきであり、在庫削減の観点からもアトルバスタチン10–20 mgまたはロスバスタチン5–10 mgの2種類に絞り、必要に応じて増量やエゼチミブ追加で調整する方法が現実的である。
· SPARCL試験(Stroke Prevention by Aggressive Reduction in Cholesterol Levels)では、心疾患のない脳梗塞/TIA患者4731人を対象にアトルバスタチン80 mgを投与したところ、平均4.9年間の追跡で再発脳卒中(致死・非致死)の発生率が16%減少した(11.2% vs 13.1%、p=0.03)[8]。主に致死性脳卒中の減少によるもので、非致死性脳卒中では有意差がなかった[9]。
· 同試験では心筋梗塞や冠動脈イベントも減少し、総合的な心血管予防効果が示された[10]。一方で、出血性脳卒中の発生はアトルバスタチン群で2.3%、プラセボ群で1.4%と増加した[11]。しかし総死亡率や重篤な副作用は有意に増加しなかった。
· PROSPER試験では、脳梗塞既往を含む高齢者の副次解析でプラバスタチン投与により冠動脈死・心筋梗塞・致死/非致死性脳卒中の複合エンドポイントを15%減少させた[2]。
· スタチン療法によりLDL‑Cを大幅に低下させた群では脳卒中再発率の追加低下が観察され、LDL‑C50%以上低下群では再発脳卒中が31%減少した[12]。これは脳梗塞患者にも十分なLDL低下が重要であることを示す。
· 脳梗塞既往患者も冠動脈疾患と同様に高リスク群と考えられ、ガイドラインではLDL‑C<70 mg/dL(可能であれば<55 mg/dL)を目指す[13]。SPARCL試験では平均LDL‑Cが約73 mg/dLまで低下しており、さらなる低下では再発率がより減少した[12]。
· 出血性脳卒中既往者ではスタチンが出血を増やす可能性があり、個別判断が必要。SPARCL試験でも出血性脳卒中を入院時イベントとした患者では恩恵が限定的であった[14]。
薬剤候補 |
特徴・根拠 |
推奨投与量(目安) |
コスト面 |
アトルバスタチン(ジェネリック) |
SPARCL試験で80 mgが再発脳卒中を減少させた[8]。高齢者には筋症や肝障害リスクを考慮し、40 mg程度で開始し効果と副作用を評価。 |
20–40 mg/日。 |
ジェネリックがあり比較的安価。 |
ロスバスタチン(ジェネリック) |
JUPITERおよびHOPE‑3試験の高齢者解析でLDL‑Cを55 mg/dLまで低下させ、心血管イベントを26%減少[15]。脳卒中患者に対する直接試験はないが、高いLDL低下効果から二次予防に適する。 |
5–10 mg/日。 |
アトルバスタチンよりやや高価だが扱いやすい。 |
プラバスタチン |
PROSPER試験で二次予防効果を示したが、LDL低下作用が弱い[2]。脳卒中再発抑制目的には単剤では不十分な場合が多い。 |
10–20 mg/日。 |
非常に安価で薬物相互作用が少ない。 |
エゼチミブ併用 |
LDL目標未達の場合に追加。日本人ではスタチン+エゼチミブ併用でLDL‑Cがさらに20%低下する。 |
スタチンに10 mg/日を追加。 |
ジェネリックがあり安価。 |
推奨:脳梗塞既往患者では、高強度〜中等強度スタチンを用いてLDL‑C<70 mg/dLを目指すことが重要である。アトルバスタチン20–40 mgまたはロスバスタチン5–10 mgを基本とし、LDL目標未達時はエゼチミブ追加を検討する。出血性脳卒中既往例や出血リスクが高い症例では、スタチン投与の利益とリスクを慎重に評価する。
· 高齢者に対する一次予防効果は明確ではない。PROSPER試験では一次予防の高齢者ではプラバスタチンによる心血管イベント減少効果が小さく、有意差が認められなかった[16]。
· JUPITER試験では、LDL‑C<130 mg/dLかつhs-CRP ≥2 mg/Lの比較的健康な高齢者がロスバスタチン20 mgにより、心血管イベントを39%減少した[17]。HOPE‑3試験では、心血管疾患のない中リスク高齢者がロスバスタチン10 mgで心血管イベントを25%減少した[7]。両試験を含むメタ解析では、70歳以上の参加者で非致死性心筋梗塞・非致死性脳卒中・心血管死のリスクが26%減少した[18]。
· しかしCTT協働研究の解析では、既往のない75歳以上の患者ではスタチンによる主要血管イベント減少効果が8%にとどまり統計的に有意ではなかった[19]。観察研究を含む大規模解析では、スタチン使用と全死亡・心血管死亡・脳卒中リスク低下の関連が報告されているが[20]、ランダム化試験のデータは限られている。
· 高齢者の一次予防では、LDL‑C<100 mg/dLを目標とし、糖尿病や多発危険因子を持つ高リスク患者では<70 mg/dLを検討する[21]。
· 介護施設入所者や余命が限られている患者では、スタチンの利益が生活の質に反映されない可能性があり、中止も検討する。
状況 |
推奨する対応 |
薬剤候補 |
高リスク(糖尿病、慢性腎臓病、頸動脈狭窄、冠動脈カルシウムスコア高値等) |
75歳以下と同様に中等強度スタチンを開始し、LDL‑C目標達成を目指す。 |
アトルバスタチン10 mg、ロスバスタチン5 mg、プラバスタチン20 mgなどから在庫面・副作用・薬物相互作用を考慮して選択。 |
リスクは年齢のみでその他の危険因子が少ない患者 |
無治療または低用量スタチンを検討。スタチン開始の有無は患者との共有意思決定で決める。冠動脈カルシウム(CAC)検査が可能であれば0である場合は治療不要とする[22]。 |
プラバスタチン10 mgやロスバスタチン2.5–5 mgなどの低用量が候補。 |
余命が限られている、重度のフレイルまたは多剤併用の患者 |
スタチンの中止または開始しないことを検討。副作用や薬物相互作用を避け、生活の質を優先する。 |
– |
推奨:心脳血管イベントの既往がない高齢者では、スタチン療法の絶対的利益が小さいため、患者の総合的なASCVDリスク、余命、嗜好を考慮した個別化治療が重要である。高リスク患者には中等強度スタチンを、リスクが低い場合は生活習慣の改善や無治療も選択肢となる。
1. 虚血性心疾患・脳梗塞既往患者は高リスクであり、LDL‑C<70 mg/dL(可能なら<55 mg/dL)を目標とする。 このため中等〜高強度スタチン(アトルバスタチン20 mg、ロスバスタチン5–10 mg)が推奨され、エゼチミブ併用で目標達成を図る。単一のロスバスタチン5 mgでは不十分な場合が多い。
2. 出血性脳卒中既往例や重度腎障害・肝疾患を持つ患者では副作用に注意し、低用量スタチンまたは非スタチン療法を検討する。
3. 既往のない患者では、リスク評価と余命を考慮した上でスタチンの開始を個別に決める。 CACスコアが0の場合や危険因子が少ない場合はスタチンを始めないことも合理的である[22]。
4. 院内調剤の薬剤種類を減らすなら、主に使用するスタチンを2種類程度に絞り、
5. 中等〜高強度用としてアトルバスタチン(10・20 mg錠)またはロスバスタチン(5・10 mg錠)、
6. 低用量や相互作用が少ない薬剤としてプラバスタチン(10・20 mg錠)を用意し、
7. 必要に応じエゼチミブ(10 mg錠)を併用する。
このようにしても患者ごとに用量を調整することで大半の症例に対応できる。
[1][2][3][4][5][7][15][16][17][18][19][20][22] Statin Therapy for Primary and Secondary Prevention in Older Adults - PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11588824/
[6][13][21] Evaluation and Treatment of Dyslipidemia in the Elderly - Endotext - NCBI Bookshelf
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK279133/
[8][9][10][11][12][14] Atorvastatin in stroke: a review of SPARCL and subgroup analysis - PMC
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2856578/
以上、ChatGPTでエージェント機能を用いて2025/8/3に調査。続けて以下を質問した。
アトルバスタチン(atorvastatin)とロスバスタチン(rosuvastatin)のどちらか1剤に絞って院内採用する場合、以下の観点から判断が可能です:
観点 |
アトルバスタチン |
ロスバスタチン |
コメント |
LDL-C 低下効果 |
強力(高用量) |
より強力(低用量で) |
Rosu 5mg ≒ Ator 10–20mg |
半減期 |
約14時間 |
約19時間 |
どちらも1日1回投与可能。Rosuは効果の持続にやや優れる |
CYP代謝 |
CYP3A4で代謝 → 相互作用多い |
最小限(CYP2C9/2C19) |
相互作用の少なさは高齢者に優位 |
費用(2025年現在) |
≦ Rosu |
≧ Ator |
同等かやや高価(ただし5mg錠なら抑えやすい) |
腎機能障害での使用 |
比較的安全 |
用量調整必要(CrCl<30) |
eGFR 30未満の患者では注意 |
日本でのエビデンス |
J-STARSなど |
MEGA、JUST研究など |
いずれも多数あり、特にRosuは国内推奨が強め |
1剤処方での到達目標 |
LDL-C 100未満には20mg以上必要 |
5mgで100未満可能なこと多い |
高齢者にとっての至適用量確保に有利 |
1.
Statin Therapy in Older Adults(2024, PubMed ID: 39585440)
→ Rosuvastatinは「最小限の代謝+強力な効果」により高齢者での使用に好適。
2.
SPARCL試験(N Engl J Med 2006; 355:549)
→ 脳梗塞後にAtorvastatin 80mgで再発リスク低下。ただし出血性脳卒中はわずかに増加。
3.
JUPITER試験(N Engl J Med 2008; 359:2195)
→ Rosuvastatin 20mgがプラセボに比べ心血管イベント有意に減少。高齢者の副次解析でも有効性確認。
4.
日本動脈硬化学会ガイドライン2022
→ 「強力スタチン」群としてRosuvastatinとAtorvastatinを同列に推奨するが、腎機能と相互作用を考慮したうえでの使い分けが推奨されている。
· 用量が少なくて済む(5mgで十分な症例が多い)→ 割線処方も容易
· 相互作用が少なく安全 → 高齢者多剤併用でのリスク回避
· 長時間作用型で飲み忘れリスクに強い
· 脳梗塞・心筋梗塞ともに1剤でカバーできるエビデンス
ただし、腎機能が低下(eGFR <30)している患者ではロスバスタチンの用量調整が必要なため、その場合に限りアトルバスタチンを別途採用するという運用も選択肢となります。
以上から、くらしのホームクリニックは、ロスバスタチン5mg錠を基本院内処方薬として常用し、患者に合わせて適宜調整することとした。